逸然は、釈迦や観音や羅漢などの道釈人物画を得意としました。達磨図は数多く手がけており、本作品では草座に坐する正面観の達磨を描いています。ほぼ同図様のミシガン大学美術館本がありますが、逸然は「達磨図」(神戸川崎男爵家旧蔵)などの陳賢画を底本として制作したと考えられます。濃墨の衣文線のかたち、皺、太い鼻筋、丸々とした小鼻、その際から下方へと伸びる頬線、両唇から垣間見せる2本の前歯、顎の曲線など、逸然と陳賢の達磨図は面貌と姿態がほぼ同一といえます。逸然が陳賢をはじめとする明清絵画を学習したことを伝えてくれます。一方で、逸然の達磨は衣文線の肥痩が強調されており、端正な顔貌と胸元の衣の鮮やかな色彩とあいまって、凛とした達磨を巧みに表現しています。逸然は、蘭渓若芝や渡辺秀石など多くの弟子を育てており、「唐絵の開祖」とも称されます。黄檗宗と唐絵、二つの新たな中国文化の伝播は、逸然なくしては実現しなかったといえるでしょう。
【長崎ゆかりの近世絵画】